
毎日、絵を描いている。
なぜ描くのかと問われれば、
もう、よくわからない。
描かないと少し落ち着かない。
紙を広げ、ペンを持ち、線を一本引く。
それが始まりだ。
いつの間にか手が動いている。
丸を描き、線を重ね、形を探す。
同じような癖が、何度も現れる。
「また同じ描き方をしている」
そう思うこともある。
けれど、それでいい。
癖とは、積み重ねた時間の形なのだから。
誰かと違っていていい。
むしろ、違っているからこそいい。
自分が好きだと思うものを描く。
自分が美しいと思うものを描く。
それだけで、もう十分なのだ。
上手いとか、下手だとか。
正しいとか、間違っているとか。
そんなものは、あとから誰かが決めればいい。
描いている本人が、
「これが好きだ」
と思えるなら、それでいい。
なんとも素晴らしいことではないか。
絵を描ける。
たったそれだけのことが、
実はとても贅沢なことなのかもしれない。
頭の中に浮かんだものを、
手を通して、この世界へ連れてくる。
まだ存在していなかったものが、
一本の線によって存在し始める。
幻想だったものが、
紙の上では現実になる。
では、現実とは何なのだろう。
紙の上に生まれたものは幻想なのか。
それとも、目の前に存在しているのだから、
もう現実なのか。
そんなことを考えながら、また線を引く。
幻想と現実。
その境界は、案外あいまいなのかもしれない。
絵を描いていると、
その境界が少しずつ溶けていく。
頭の中にいた人物が紙の上に現れ、
紙の上にいた人物が、今度は自分の記憶の中に残っていく。
描いたものを見返す。
「ああ、こんなものを描いていたな」
と思う。
その瞬間、過去の自分が少しだけ戻ってくる。
だから、紙に描く。
ペンで描く。
線を残す。
記憶する。
デジタルでも絵は描ける。
けれど、紙に残った線には、
そのときの手の動きや迷いまで残っているような気がする。
強く引いた線。
ためらった線。
何度も描き直した跡。
そこには、その瞬間の自分がいる。
絵を描くことで、
自分自身のことも少しずつわかってくる。
何が好きなのか。
何に惹かれるのか。
何を美しいと思うのか。
何を描きたくなるのか。
それは、言葉だけではわからない。
描いて、描いて、描き続けて、
ようやく見えてくるものなのだ。
だから今日も描く。
明日も描く。
うまく描けなくてもいい。
変な絵になってもいい。
同じような癖が出てもいい。
それすらも、自分が歩いてきた証なのだから。
線を一本。
また一本。
そうして紙の上に世界が生まれていく。
幻想が生まれ、
記憶が生まれ、
自分自身が少しずつ形になっていく。
素晴らしい。
本当に、素晴らしい。
絵を描けるということを、
もっと喜んでいい。
もっと楽しんでいい。
そしてできるなら、
この喜びを誰かと分かち合いたい。
「絵を描くって、いいよな」
そんな一言でいい。
ふふふ。
今日もまた、一本の線から始めよう。
世界はまだ、
描かれていない場所だらけなのだから。