
朝・・そうだ朝日が昇った時は、気分がいい。
雨が多かったからな。
まだ、世界が完全に目を覚ます前に、外へ出ることにする。
空気を吸い、朝日を浴びる。東の空から昇る光は、昨日までの疲れを知ることなく、ただ静かに大地を照らしている。その光を受けながら、歩く。歩き、そして走る。息が上がる。身体が熱を持つ。それでも進むことにする。
さて、なぜ走るのか?そら、強くなるためだな。
何かを倒すためではない。明日の自分に負けぬために。
今日より少しだけ長く歩き、昨日より少しだけ強く走る。
それだけでいい。身体というものは、使えば応えてくれる。
動けば、血が巡る。息をすれば、生きていることを思い出すことができる。
だから今日も歩く。今日も走る。
この先に待つ戦いのために。そして、戦いを終えれば飯をいただく。
ありがたき、食事。それは、ただ腹を満たすだけのものではない。土より生まれたものだったり、雨を受け、太陽を浴び、長い時間をかけて育ったものだったり。大地から授かった命を、自分の身体へ、迎え入れる。
なんとありがたいことだ。一口、一口。噛みしめることにする。
食べるという行為は、命を受け継ぐことなのかもしれない。
ならば粗末にはできない。
いただいたものを力に変える。そしてまた歩く。
また走る。また生きる。そうやって命は巡っていく。だが、動くだけでは足りない。戦士にも休息が必要だ。
夜が来れば、眠る。早く眠り、早く目覚める。眠りとは、ただ身体を横たえることではない。一日の傷を癒やし、
明日の戦いに備えるための時間だ。
だから眠る前には、静かになる。深く息を吸う。ゆっくり吐く・・。
今日一日のことを、一つずつ手放していく。そして身体を伸ばす。
凝り固まった身体をほぐし、力を抜く。
静寂の中へ沈んでいく。すると、朝が来る。
目を開ける。昨日より少しだけ軽い身体で、
また一日が始まる。
食。眠。動・・・この三つは、人が生きていくための古き力なのだろう。
食べて、力を得る。
眠って、力を戻す。
動いて、力を使う。
そしてまた食べる。
眠る。動く。その繰り返しの中で、
人は少しずつ強くなっていく。
大きなことをしなくてもいい。
毎朝、少し歩く。身体を動かす。
ありがたく飯を食べる。夜には静かに眠る。
それだけでも、十分に自分との戦いなのだ。
人生とは、一度きりの大きな戦場ではない。
毎日の小さな選択こそが、本当の戦いなのかもしれない。
今日、身体を動かした。今日、飯をいただいた。今日、眠る準備をした。
ならば、それでいい。明日もまた戦える。夢へ向かって歩ける。
だから大切にしよう。この身体を。
この命を。そして、この一日を。
生きる者に与えられた、三つの力。
さあ、今日も進もう・・・まだ見ぬ明日の光へ。