
狂うほど熱中するものがあるか?
あったらいいぞ。それほどまでに狂うことができるのだ。
狂うとは言わば、好きなこと、興味あることにいかに集中して熱することができるかだ。
色々な狂うがあるけど、これほどの愛はない。
なんでもいいから、狂ってみろ。
周りの人を心躍らせてみろ。
「お、なんだこいつは!?」
そんな声が聞こえる。歓喜だ。歓喜として受け入れていく。
1秒だって、惜しい。1秒1秒、そのことを考えてみせよ。
そうすれば、君は狂っていくのかい?・・・・・・
遥か昔、この世界には「狂者」と呼ばれる者たちがいた。
王に仕える者ではない。
神を信じる者でもない。
彼らが膝をつくのは、ただ一つ。
己の魂を燃やすものだけだった。
人々は彼らを笑った。
「正気ではない。」
「そこまで熱中する意味があるのか。」
そう言って去っていく。
だが、狂者は振り返らない。
世界が眠る夜も。
灰が空を覆う朝も。
ただ一つの灯火だけを見つめ続ける。
ある者は剣を振り続けた。
ある者は筆を握り続けた。
ある者は石を積み、塔を築き続けた。
誰に命じられたわけでもない。
褒められるためでもない。
ただ、その炎だけが、自らを生かしていた。
人は「好き」という言葉を使う。
しかし、それはまだ浅い。
本当に深い愛は、「好き」を越えた先にある。
眠りながら考える。
歩きながら考える。
食事をしながら考える。
世界を見ても、その景色はすべて己の愛するものへ繋がっていく。
それが狂気である。
狂気とは、理性を失うことではない。
魂が、一つのものへ帰ることだ。
だから狂者は時間を惜しむ。
一秒。
その一秒は、黄金より重い。
人は一年を語る。
狂者は一秒を語る。
一秒で一本の線が引ける。
一秒で一つの言葉を書ける。
一秒で、新しい世界は生まれる。
その積み重ねを知る者だけが、時を支配する。
人は問う。
「なぜそこまで続ける。」
狂者は答えない。
答える必要がないからだ。
炎は燃える理由を語らない。
風は吹く理由を語らない。
命もまた、生きる理由を説明しない。
ただ在る。
それだけで十分なのだ。
やがて人々は、その狂者を恐れなくなる。
恐れは畏れへ変わる。
畏れは尊敬へ変わる。
そして気付く。
「あの者は狂っていたのではない。」
「我らより深く、生きていただけなのだ。」
世界は、いつも正気な者によって守られる。
だが、新しい世界は、いつも少しだけ狂った者によって生まれる。
だから旅人よ。
もし、お前の胸に小さな炎が灯っているのなら、それを消してはならない。
世界は必ず、お前に囁くだろう。
「そんなことに意味はない。」
「無駄だ。」
「やめてしまえ。」
その囁きに耳を貸すな。
炎は風に揺れる。
だが、揺れることと消えることは違う。
燃やせ。
誰よりも深く。
誰よりも静かに。
誰よりも永く。
やがてその炎は、お前自身を呑み込むだろう。
人はそれを「狂気」と呼ぶ。
だが古き賢者たちは、違う名で呼んだ。
――それを「使命」と。